タバコについて
17世紀
1600年頃
ジェームズ1世が1603年7月25日に即位。
嫌煙家であったジェームズ1世はタバコ排撃論(1604年)の中で「眼や鼻にいとわしく、脳に有害で肺に危険な風習である。なによりもその悪息ふんぷんたる煙は、まるで地獄から立ちのぼる業火の煙のようである。」とタバコの危険性、有害性を記述。
タバコ排撃論は三角貿易によって莫大な富を築いていたイギリスにとってタバコ貿易の指し止め、シェークスピアが作品の中から喫煙シーンを削除するなど経済的、文化的影響を与える。
1601年
スペイン人使節団によって徳川家康にタバコを献上。
1606年
薩摩藩主の島津義久に許可を得た服部宗重によって鹿児島県国分地方で栽培を開始。後に良質の国分タバコと知られ薩摩藩の重要な資金源となる。「花は霧島、煙草は国分」と鹿児島おはら節にも歌われる。
1607年
北アメリカのヴァージニア植民地内にジェームズタウンを建設。入植当初はイギリス王室向けに絹を輸出していたが、桑の葉にカビが発生し枯れたため、1611年よりジョン・ロルフによって商品価値の高いタバコの栽培を開始。
1619年
ムガール帝国のジャハーンギール皇帝によって喫煙禁止令が施行。喫煙者に唇、鼻、耳を削ぎ落とす罰則を与えたとされる。
1633年
ロシアのミハイル・ロマノフ皇帝によって喫煙禁止令が施行。喫煙者に鞭打ち、または唇、鼻を削ぎ落とす罰則を与えたとされる。
1655年
ミハイル・ロマノフ皇帝の後継となったアレクセイ・ミハイロヴィチ皇帝(モスクワ大公)は喫煙禁止令の罰則に死刑を導入。